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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)10471号 判決

原告 亡甲野花子訴訟承継人 甲野春夫

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 乙山松夫

被告 東京中小企業貿易協同組合

右代表者代表理事 大武英夫

右訴訟代理人弁護士 真木洋

同 渡部公夫

被告 株式会社 日興企業商会

右代表者代表取締役 久保田勝

右訴訟代理人弁護士 瀬戸丸英好

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し、

(一)  被告東京中小企業協同組合は、別紙物件目録記載の建物について、別紙登記目録1ないし3記載の各登記の、

(二)  被告株式会社日興企業商会は、右建物について、右登記目録4記載の登記の

各抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告東京中小企業協同組合

(一)  本案前の答弁

主文第一、二項と同旨

(二)  本案の答弁

(1) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告株式会社日興企業商会

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  亡甲野花子(以下、亡花子という。)は、別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という。)を所有していた。

2  亡花子は、昭和六一年三月二〇日死亡し、亡花子の養子である原告らが相続により本件建物の所有権を取得した。

3  被告東京中小企業協同組合(以下、被告組合という。)は、本件建物について別紙登記目録1ないし3記載の各登記(以下、本件1ないし3の各登記という。)を有している。

4  被告株式会社日興企業商会(以下、被告会社という。)は、本件建物について別紙登記目録4記載の登記(以下、本件4の登記という。)を有している。

よって、原告らは、所有権に基づいて、被告組合に対し、本件1ないし3の各登記の、被告会社に対し、本件4の登記の各抹消登記手続を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  被告組合

(一)  請求の原因1のうち、亡花子が本件建物をもと所有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  請求の原因2のうち、原告らが亡花子の養子であることは否認する。亡花子と原告らとの養子縁組の届出は、甲野一郎(以下、一郎という。)が昭和五八年一〇月ころ亡花子に無断でしたものである。

(三)  請求の原因3の事実は認める。

2  被告会社

(一)  請求の原因1のうち、亡花子が昭和六〇年四月一六日当時本件建物を所有していたことは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  請求の原因4の事実は認める。

三  抗弁

1  被告組合

(一)  本案前

(1) 本件訴えは亡花子の訴訟代理人弁護士乙山松夫(以下、乙山という。)が提起したものであるが、亡花子の乙山に対する本件訴訟の委任は無効である。すなわち、亡花子の乙山に対する本件訴訟の委任状は、一郎が融資を受けている丙川竹夫(以下、丙川という。)に命ぜられてこれを亡花子の意思に全く無関係にその字を擬して(亡花子の手に自己の手を添える形)作成したものであり、一郎は、それを丙川に渡し、乙山は、丙川から右委任状を渡されて本件訴訟の依頼を受けてこれを受任したものである。

(2) 前記のとおり、亡花子と原告らとの養子縁組は、一郎が亡花子に無断で届け出たものであるから、無効である。

(二)  本案

ア 被告組合は、一郎に対し、①昭和五九年四月二一日、一一〇万円を、弁済期・同年五月二一日の約定で、②同月一〇日、三〇〇万円を、弁済期・同年六月一〇日の約定で、③同年五月一五日、弁済期・同月一七日の約定の九〇万円と弁済期・同年六月一五日の約定の八一〇万円の二口を、④同年五月一七日、二一〇万円を、弁済期・同年六月一七日の約定でそれぞれ貸し渡した。

イ 一郎は、右各借入金を右各弁済期に履行しないまま、昭和六〇年三月に至り、被告組合に対し、さらに三〇〇〇万円の融資を申し入れたので、被告組合は、亡花子所有の本件建物を譲渡担保に供することを求めたところ、亡花子は、同月一三日、被告組合に対し、本件建物を、右一郎の借入金の弁済が不能になったときは、本件建物の所有権を終局的に被告組合に帰属させる約定で譲渡担保に供することを承諾し、その登記に必要な書類を交付した。

ウ そこで、被告組合は、同月一五日、一郎に対し、三〇〇〇万円を、弁済期・同年六月一五日の約定で貸し渡し、同年五月二一日、本件建物について本件1の登記を了した。なお、右登記に要した費用は、一一三万八五六〇円である。

一郎は、その後、右借入金の弁済をすることが不可能になった。

2  被告会社

ア  被告会社は、昭和六〇年四月一六日、甲野商事株式会社(以下、訴外会社という。)に対し、三〇〇万円を、弁済期・同年六月一五日、利息・年七二パーセント、その支払方法・毎月一五日限り支払う、遅延損害金・年七二パーセントの約定で貸し渡した。

イ  訴外会社と被告会社は、同年四月一八日、右の弁済期を同年一〇月一八日に、利息を年六〇パーセントに、その支払方法を毎月一八日に経過日数分を支払うに、遅延損害金を年七三パーセントにそれぞれ変更し、さらに、二〇〇〇万円を限度として必要に応じて今後金銭消費貸借を継続することがあるものとする合意をした。

ウ  亡花子は、被告会社に対し、訴外会社の被告会社に対する右債務を担保するため、本件建物について右追加借入れを予定して、債権額を一五〇〇万円とする低当権を設定し、被告会社は、それに基づいて本件4の登記を了した。

三  抗弁に対する認否

1  被告組合の抗弁に対し

(一)(1)  抗弁1の(一)の(1)は争う。

(2)  抗弁1の(一)の(2)は否認する。養子縁組は、その当事者が縁組意思を有し、養子縁組の届出がなされれば有効に成立するものであり、養子縁組届出が代署・代印によってなされても、それによって養子縁組の効力が妨げられるものではない。そして、亡花子は、原告らとの養子縁組の届出当時、原告らと縁組意思をもっていたのであるから、代署・代印によってなされた右養子縁組は有効に成立した。

(二)(1)  抗弁1の(二)のアの事実は不知。

(2)  抗弁1の(二)のイのうち、一郎が被告組合に対し融資を申し入れたことは不知。その余の事実は否認する。

(3)  抗弁1の(二)のウのうち、被告組合が本件1の登記を了したことは認めるが、その余の事実は不知。

2  被告会社の抗弁に対し

(一)  抗弁2のア及びイの事実はいずれも否認する。

(二)  抗弁2のウのうち、亡花子が被告会社に対してその主張する抵当権を設定したことは否認する。

五  再抗弁――抗弁1の(一)の(1)に対し

仮に亡花子の乙山に対する本件訴訟の委任が無効であるならば、亡花子の相続人である原告らは、昭和六一年四月一一日、亡花子の乙山に対する本件訴訟の委任及び乙山が右委任に基づいてした訴訟行為を追認する。

六  再抗弁に対する認否

被告組合

再抗弁のうち原告らが亡花子の相続人であることは否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  本件訴訟記録によれば、本件訴えは、弁護士の乙山が亡花子の訴訟代理人として昭和六〇年九月二日当庁に訴状を提出して提起されたものであること、右訴状には、亡花子の乙山に対する同年八月六日付け訴訟委任状が添付されていること、右訴訟委任状は定形用紙に所定の事項を書き込む形で作成されているが、亡花子の署名は、他の書込み部分の筆跡とは明らかに異なるボールペンによる稚拙な筆跡であること、乙山は、右委任ないし代理権授与に基づいて本件訴訟を追行してきたことが明らかである。

しかしながら、《証拠省略》によれば、亡花子は、明治四一年一一月一〇日生れの女性で、昭和六〇年八月六日当時七七歳であったこと、亡花子は、同年七月六日、脳血栓症、心筋障害、乳癌及び左鎖骨部転移により埼玉県比企郡《番地省略》医療法人丁原病院に転入院したこと、亡花子の夫甲野太郎と先妻との間の長男である一郎は、同年四月ころ、丙川から、五〇万円を借り受け、印鑑証明書等を交付したりその支払のために額面一〇〇万円の一五日先日付けの小切手を振り出して交付したりしていたところ、その返済を迫られて困却していたこと、一郎は、同年五月一七日、手形を不渡りにしたこと、一郎は、同年七月末ころ、丙川から、被告組合の本件1ないし4の各登記の抹消登記手続の訴訟を起す必要があるとして乙山を紹介され、乙山らとともに右病院に出向いて亡花子と面会し、亡花子に対し、乙山を他人名義になっている本件建物を取り返してくれる弁護士だと紹介し、「分かったか。」というと、亡花子はうなずいたが、前記疾病からみてそれが事理を弁識してうなずいたものであるとすることは難しいこと、一郎は、同年八月初めころ、丙川から、訴訟委任状に亡花子の署名をもらってくるようにいわれたこと、そこで、一郎は、乙山から書込みのない前記訴訟委任状の用紙を受け取り、右病院に行ったこと、しかし、亡花子は、当時、癌及び脳血栓後遺症のため、記憶・記銘等に障害があり、精神水準が極度に低下しかつ判断力がなかったと思われること、一郎は、医師の立会いの下に、亡花子の手にペンを握らせその手を取って右用紙の委任者欄に亡花子の氏名を書いたこと、そして、一郎は、右亡花子の名下にその印章を押捺し、それを持って丙川とともに乙山の法律事務所に行き、丙川が乙山に本件訴訟を頼んだことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右の事実を総合すれば、乙山が同年七月末ころ亡花子に面会した際及び一郎が同年八月初めころ亡花子に接触した際、亡花子には意思能力がなかったとみるべきであるから、亡花子の乙山に対する本件訴訟の委任ないし代理権授与は、効力がないといわざるを得ない。

二  《証拠省略》によれば、亡花子と原告らとの間の養子縁組が昭和五八年九月二二日、東京都板橋区長に届け出られていることを認めることができる。

しかしながら、養子縁組は、養親となるべき者と養子となるべき者とが戸籍法所定の届出(書面による届出では、理由を付記した代署による場合を含む。ちなみに、右理由が付記されていなくても、受理されれば、届出は有効であるというべきである。)という方式に従って合致した養子縁組の意思を表示することによって成立し、いうなれば、届出についても養親となるべき者と養子となるべき者との合致した意思があることを要すると解されるところ、《証拠省略》によれば、原告春夫は、前記一郎の長男で、亡花子にとっては継孫に当たること、前記甲野太郎は、昭和五七年一月二八日に死亡し、相続人は亡花子及び一郎ほかの甲野太郎の先妻との間の子供らであったが、右子供らが相続権を放棄したので、本件建物を含む甲野太郎の遺産は、亡花子が相続したこと、亡花子が昭和五八年六月ころになって東京都板橋区常盤台にある丁原外科に入院したので、一郎は、病気が病気だから亡花子がいつ死亡するか分からないと思い、自分なり原告春夫が亡花子の財産を相続できるようにすることを考えるようになったこと、当時、亡花子の両親は既に死亡していたが、兄弟が七人位生存したこと、そして、一郎は、病床の亡花子に対し、度々、自分なり、亡花子が可愛がっていた原告春夫を養子とすることを持ち掛けたが、亡花子は、その度に目をつぶって横を向き返事をしなかったこと、困った一郎は、右丁原外科の病院長にその事情を話し、右病院長から亡花子の意向を聞いてもらったが、亡花子は、相続の話になると、右病院長に対しても口を閉してしまったこと、そこで、一郎は、原告春夫と話し合って、亡花子には無断で亡花子が原告春夫と養子縁組をした届出をしてしまうことにし、横書きの養子縁組届用紙の養母の届出人欄に一郎が亡花子の氏名を記入し、その右横に一郎所持の有合せ印を押捺し、原告春夫が養子の届出人欄に署名押印するなどして右届を作成し、原告春夫は、同年九月二二日ころ、それを東京都板橋区役所に持って行って届出しようとしたこと、ところが、原告春夫が原告甲野春子と婚姻していたため、右区役所の担当者から、夫婦でなければ養子になれないとして受理を拒まれたので、原告春夫は、右届を一旦持ち帰り、養子の届出人欄に原告甲野春子の署名押印を加え、それを右区役所に提出して届出が受理されたこと、一郎も原告春夫も以後亡花子には右届出をしたことを秘して話さなかったこと、亡花子は、昭和六一年三月二〇日死亡したことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

そうすると、亡花子と原告らとの養子縁組は、亡花子に原告らとの養子縁組を届け出る意思がなかったから、無効であり、したがって、原告らが亡花子の養子として本件訴訟を承継しあるいは乙山の本件訴訟の無権代理行為を追認するに由がないといわなければならない。

三  以上の事実によれば、原告らの本件訴えは、いずれも不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 並木茂)

〈以下省略〉

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